倉敷木材社員

スタッフコラム

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日本のこころ

 頭脳の老化を防ごうと月1回このコラム欄を埋めるということにノルマを課してきましたが、なかなか思うように主旨が浮かびません。イベントの告知でもなく、仕事から懸け離れており、大変申し訳なく思います。バラエティーに富んでいると自己弁護しておきます。

 あるお茶会での1コマ。そのお茶会はお寺で主催されたものでした。
きれいに着飾ったご婦人たちがいらっしゃいました。最初はご本尊様に礼をつくすため正座し、扇子を前に置き「よろしくお願いします」という意味を込めてでしょう、頭を垂れていました。会も滞りなく終わり、ご列席の方々も三々五々帰り始めました。とある女性が一人だけ、ご本尊様に向かい、入室した時と同様に扇子を前に「ありがとうございました」の意味を込めていたと解釈しましたが、頭を垂れ、礼をしていたのです。

 茶道にはいろいろ知識が求められることでしょう。書、香、陶芸、漆器、季語、野に咲く花一輪にまで、また建築の域にも及びます。結構お金もかかる道だと思います。ましてや、初釜、花見、月見と茶会も催されます。その都度和服を新調するということもままあるように聞いています。立場として教授か準教授か不明ですが「あの人のあのお召物は去年も着ていたわ」などとのたまう始末です。千利休はここまで華美になることを望まれていたのでしょうか?

 利休さんは何も削るものがないというところまで無駄を省いて、緊張感を作り出すというわび茶の完成者として秀吉の信任を得たのでは。が、しかし、秀吉の命により切腹という憂き目に。

 本来、茶道は日頃の喧騒を離れ、心豊かに知性・教養の習得や自己鍛練の場であると思っていたのです。表面的に着飾るのではなく、先ほどの女性のように内面より滲み出る美しさに近付きたいと思った住宅部 片山でした。もちろん、帰路につく時には真似て礼をしました。

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